「耳に残る音」のブランド設計学 — 澤野弘之の劇伴技法が示すソニック戦略
記憶は音と感情が結びついた瞬間に刻まれる

Intel のチャイム、Netflix の “ta-dum”、ガンダムのテーマ曲。これらに共通するのは、数秒聞いただけで何かを思い出すという体験だ。
澤野弘之が明かした「歌詞」の力
『機動戦士ガンダム UC』『医龍』などの劇伴で知られる作曲家・澤野弘之氏は、著書『錯覚の音』(扶桑社)でその秘密を語っている。
核心は、劇伴に歌詞を組み込むという選択だ。インストゥルメンタルだけの音楽より、歌詞のある音楽のほうが記憶に残りやすい。これは技法の問題であるように見えて、実は神経科学に根ざした設計判断である。
「テーマ曲を作るからには、その曲こそメインテーマにする気概で挑む」という制作哲学は、マーケターにとっても、ブランドサウンドをどう扱うかという問いへの答えを含んでいる。
なぜ歌詞付きの音は長く残るのか
認知心理学の 二重符号化理論(dual-coding theory) がその説明を提供する。
人間の記憶は、言語チャネルと視覚・聴覚チャネルの両方でエンコードされるとき、検索の手がかりが倍増する。歌詞のある音楽は、メロディという音響チャネルと歌詞という言語チャネルを同時に活性化する。つまり、ひとつの体験から二重に記憶痕跡が作られる。
さらに、主人公の感情状態と楽曲を同期させるという澤野氏の手法は、emotional-encoding の観点から見ると理にかなっている。強い情動を伴う状況で出会った情報は、扁桃体を介して海馬への記憶定着が促進されるからだ。
mere-exposure と反復の設計
sonic-branding が長期的に機能するのは、露出の累積効果を設計に取り込んでいるからでもある。
Zajonc の mere-exposure 効果が示すとおり、人は繰り返し接触したものに親近感と好意を抱きやすくなる。劇伴の「テーマ曲」は話数を追うごとに強化され、CM サウンドロゴは視聴回数が増えるほど好感と結びつく。
重要なのは、露出は受動的でいい、という点だ。意識的に「覚えよう」と思わなくても、繰り返し聞くだけで記憶は形成される。

peak-end-rule が教えるタイミング設計
どれだけ良いサウンドでも、配置のタイミングが悪ければ効果が薄れる。
Kahneman の peak-end-rule によれば、体験の記憶は「ピーク時の感情」と「終わり際の感情」によって形成される。つまり、ブランドサウンドを配置する最適な場所は次の 2 点だ。
- 体験のピーク:購入完了の瞬間、初めての成功体験、感動的な場面
- 体験の終わり:セッション終了、解約フロー、サービス離脱の直前
澤野氏がエピソードのクライマックスとエンディングで最も感情の密度が高い音楽を使うのは、偶然ではなく計算だ。
ブランドへの三つの実装示唆
澤野弘之の劇伴設計は、マーケターに向けて三つの実務的な問いを立てる。
第一:ブランドのシグネチャーサウンドに、「言語」の要素が含まれているか。数秒のジングルでも、スローガンの音読でも、言語チャネルを使うだけで記憶の定着率は変わる。
第二:そのサウンドが顧客体験のピークに配置されているか。購入 → 成功 → 離脱の流れのどこに音が置かれるかで、ブランド記憶の色が変わる。
第三:反復露出の計画があるか。mere-exposure が機能するには、適切な頻度での接触が必要だ。1 回のキャンペーンで終わらせず、複数のタッチポイントで同じモチーフを使い続けることが、長期的な好意形成につながる。
記憶に残るブランドサウンドは、偶発的に生まれない。音波が記憶ノードへ変換される瞬間は、設計によって狙うことができる。
参考:ダイヤモンド・オンライン「『だから忘れないのか…』ガンダムUC作曲家が明かす”耳に残る音楽”の作り方」(2026)、澤野弘之『錯覚の音』扶桑社(2026)





